俺には2つ年下の双子の妹がいた。真麻と芽麻。
2人は昔から男の子まさりでヤンチャで生意気な性格で、小学校の時から、女の子同士で遊ぶよりも、男子にまじってドッジボールやかくれんぼをするタイプだった。一方の俺は、むしろボール遊びが怖くて女の子と一緒に一輪車で遊んでいるようなタイプだった。よく両親に「逆だったらよかったのに」と苦笑された。
それは中〇校以降になっても変わらなかった。
2人は顔がそっくりで、目がくりっとして可愛いらしく男にモテた。俺の友達にもよく「どっちでもいいから妹を紹介しろ」と言われた。だが、その見た目に似合わず、性格はわがままで横暴だった。
真麻と芽麻は仲が良く、いつも結束していた。
例えば、俺が麻衣と喧嘩をすると、芽衣は必ず麻衣の味方をした。麻衣は無条件に芽衣の味方をした。
2人の喧嘩の理由なんて聞こうともしなかった。俺と芽衣が言い争いをしていると、よく麻衣はいきなり俺にとびかかって羽交い絞めにしてきた。「いまよ!芽衣!」 2人は柔道を習っていたので、喧嘩が強かった。一方の俺は、小学生にも負けるくらい喧嘩は弱かった。
1人が俺を羽交い絞めにしたり、腕ひしぎ十字固めをかけたりして、床に組み伏せた。そして俺はよく2人がかりでくすぐられた。こちょこちょされたのだ。俺は昔からくすぐりが死ぬほど弱くて苦手だった。2人の妹はそれをよく知っていた。
「ぎゃーーはっはははははっはははははっははっ!やめでやめでやめでやめでーーはははっはははっははっ!!」俺はなすすべもなく、みっともなく笑い転げた。
「ほら、ごめんなさいは?」そう口ぐちにいながら、2人は俺が謝るまでこちょこちょした。2人がかりで馬乗りになり、脇の下やおしり、足の裏、脇腹をくすぐった。俺は大抵、3分もかからずにギブした。ゲラゲラ笑い転げ、ときには涙声になりながら、「ごめんなさい、許してください」と言わされた。
どんなに理不尽な理由でも、喧嘩はいつも2対1だった。
だから年下の女の子相手なのに、俺はいつも力で勝てなかった。両手をバンザイさせられて、両腕の上に座り込まれ、脇の下を泣くまでこちょこちょされた。固め技をかけられたまま、足の裏を1時間近くこちょこちょされたこともあった。
仕返し失敗
1度あまりに激怒した俺は、芽衣がいないときを見計らって、麻衣を徹底的にくすぐり返したことがあった。
あのときは成長期で、俺も体力でぎりぎり麻衣1人なら勝てる頃だった。怒り狂った俺は、麻衣をうつ伏せで押し倒し、馬乗りになり、あやまるまで脇腹をこちょこちょした。
あのときのことを今でも後悔している。
もちろん、芽衣が帰宅したあと、2人は怒り狂って俺にこっぴどい仕返しをしてきたからだ。
俺は両親がいない日の晩に、2人がかりでおさえつけられ、無理やり衣服をすべて脱がされ、両手と両足をベッドに縛り付けられた。そして「絶対に2度と逆らいません」と泣き叫ぶまで、全身をこちょこちょされた。
「ひーーははっはっははははははっ、ひぐっ、もう許じでーーーははははっはははっ!!許じでぐだざいーーーっ!!あーーはっはっはっははっはははっ!!」
あの頃くらいからだろうか。
2人が小〇校高学年になったころから、2人は喧嘩するたびに、罰と称してパンツを脱がしてくるようになった。
2人は必死にいやがる俺を関節技で押えつけて、こちょこちょしながら無理やりパンツを脱がした。俺のおちんちんを丸出しの恥ずかしい格好のまま、くすぐられた。俺はいつもフルチンの格好のまま、ゲラゲラ笑わされて何度も「ごめんなさい」をいわされた。当時、中〇生になって多感な男の子だった俺にとって、あれは本当に屈辱で情けなくて、恥ずかしかった。
あの目的は今でもわからない。
単にパンツを脱がされるのを必死にいやがってる俺の姿が面白かったので、意地悪したかっただけかもしれない。あるいは年頃の女の子なので、本当はおちんちんが見たかったのかもしれない。あるいはもっと残酷で、パンツを脱がすという行為が、一番、兄としての男のプライドを傷つけられることを知っていたのかもしれない。
以降、俺は麻衣と芽衣、どちらかと喧嘩をするたびに、2人がかりでパンツを脱がされ、おちんちん丸出しで全身をこちょこちょされた。
「ほら、お仕置きね(脱がし)」「いやーーはっははははっははっ!!やめでっ!!脱がさないでーーはっははっはははっはははっ!!」
俺は情けなくアソコ丸出しのまま、脇の下や足の裏をくすぐられ、ゲラゲラ笑わされ、泣きながら「ごめんなさい」させられた。
2人がアソコを触ってくるようなことは一切なかった。兄妹なので当たり前だが、それが余計に惨めで恥ずかしかった。こちょこちょと何の関係もないのに、2人は面白半分でパンツを脱がせたままくすぐるのだった。
服を着たままくすぐられるときとは違い、パンツを脱がされてこちょこちょされると、笑い苦しんで暴れるたびに、おちんちんがみっともなくピョンピョンと跳ね回ることになる。その姿に、双子の妹2人はよく大うけした。「にいに特技のちんちんダンス」といって揶揄った。
俺は死ぬほど恥ずかしくて堪らないのに、こちょこちょされたら、あまりのくすぐったさに我慢できずに、ゲラゲラと笑いながら、左右にちんちんを振り回して「ごめんなさい」するしかなかった。
どちらかというと、俺のパンツを脱がしたがるのは、いつも芽衣の方だった。芽衣の方が、麻衣よりもSっ気があり、意地悪だった。フルチン姿の俺をこちょこちょしながら、「パンツ履かせてください、は?」といった。俺が屈辱のあまり無視していると、ネイルの爪で泣くまで腋の下や足の裏をこちょこちょした。
俺は妹を相手に、泣き叫びながら「パンツ履かせてください」と懇願させられた。もちろん妹たちは爆笑するだけで、結局、パンツは履かせてもらえなかった。あまりの恥ずかしさと屈辱から、俺はたびたびこちょこちょされながら勃起した。